極印と改印(2) - 第1期 極印の時代 - 浮世絵ぎゃらりぃ
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極印と改印(2) - 第1期 極印の時代

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第1期 極印の時代

寛政亥年(1791)~天保十三年(1842)

寛政の改革により、寛政2年(1790)から、出版物に対する規制がきびしくなりました。
浮世絵や絵草紙を出版する際には、地本問屋の仲間が当番制で勤める「行事」の検閲を受けなければならなくなったのです。検閲を受けてOKが出たものには、「極」の印が押されました。これを「極印(きわめいん)」といいます。

寛政12年(1800)、さらにルールが変更になりました。
これまでの行事の検閲に加えて「改掛名主(あらためかかりなぬし)」の許可も受けなければならなくなったのです。
行事の検閲は、出版側の仲間によるいわば自主的な検閲でした。
しかし新たに加わった改掛名主は、町名主からの選出者です。
町名主とは町人でありながら町内の自治や公務もこなす嘱託公務員のようなもので、町年寄の下部組織に位置します。町年寄はまた町奉行の下部組織ですから、町名主は幕府のお役人の末端組織のような位置づけになります。ということは、これまでの仲間内による甘めの検閲から、第三者のお役人(代行)による検閲へと、よりきびしくなったわけです。

この極印制度はこの後、天保の改革まで約40年間続けられます。
寛政3年のスタートから数えると約50年間。この50年間に出版された浮世絵には、必ずこの極印がつけられています。
極印のこの期間はまた、年月印や行事印との組み合わせからさらに4期に分類されるのですが、ここではこれ以上の詳しい説明は省略させていただきます。

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