印象派と浮世絵 (3) - モネのジャポニスム - 浮世絵ぎゃらりぃ
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印象派と浮世絵 (3) - モネのジャポニスム

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熱狂は全てのアトリエを、導火線を伝う炎にも似た速さで包んだ。
人々は構図の意外さ、形状の巧みさ、色調の豊かさ、彩やかな絵画効果の独創性とともに、それらの効果を得るために用いられた手段の単純なことを賞賛して飽きることを知らなかった。

(エルネスト・シェノー/「パリのなかの日本」1878年)

これは当時のパリにおける日本芸術に対する熱狂ぶりを伝えたものです。
パリ万博をきっかけとして巻き起こった日本芸術熱は、もはやブームを超えた影響力を持ち始め、絵画だけに留まらず、工芸や建築、演劇、書物、ファッションなど多方面にまで及ぶようになりました。
こうした日本芸術の影響を強く受けた文化現象を「ジャポニスム(ジャポニズム)」といいます。
ここではジャポニスムの洗礼を最も強く受けた印象派の画家たちを中心に、彼らにとってのジャポニスムがどのようであったのかを見てみたいと思います。

モネ(1)

日本娘 ラ・ジャポネーズ

まずはわかりやすいところから、モネの「ラ・ジャポネーズ」。
モデルはモネ夫人のカミーユさんです。
図録などでよく目にする作品ですが、これは高さが2m以上もある大作で、私もボストン美術館で初めて本物を見たとき、予想以上の大きさと迫力にびっくりしました。

やや後ろを振り返るポーズは、まさに英泉の美人画そのもの。派手なキモノに扇子にうちわと、「いかにも」な演出ではありますが、日本人のわれわれから見ると「和風」というよりは「エキゾチックな東洋趣味」てな感じを受けますね。
しかしこのハデハデ感こそが、当時のヨーロッパの人々が感じた浮世絵に対する強い印象そのままでもあるのです。
江戸後期から明治にかけての浮世絵は、多色刷りの技術が頂点を極めた時代で、まさに豪華絢爛。極彩色にあふれた世界でした。絵画にそんなハデハデしい色を使う習慣のなかった彼等が、その鮮やかなカラーを見たときの色彩のショックはそうとう強烈なものだったろうと思います。
モネのこの絵はまさにその「色彩のカルチャーショック」を素直に表現したものだといえるでしょう。

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