林忠正(5) - まとめ - 浮世絵ぎゃらりぃ
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林忠正(5) - まとめ

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浮世絵の流出

彼が日本から持ち出し、海外で販売した浮世絵は、実に数十万点に及ぶといわれ、そのため後年「日本の貴重な浮世絵を海外に大量流出させた張本人」として批判を浴びたこともありました。
当時はまだ価値も知られていなかった浮世絵を安く買いつけ、海外で高値で販売することで巨万の富を築いたことも、人々の妬みを買う一因となったのかもしれません。

しかし、彼のこの行為だけを一面的に取り上げて批判するのはいかがなものでしょう。

そもそも当時、国内では浮世絵など誰も見向きもしなかったわけで、放っておけばゴミ同然に捨てられてしまう運命のものでした。
林はある意味、このような捨てられる運命にあった浮世絵を全国から買い集めて救ったともいえます。
もちろんこれらは結局海外に出て行くわけですが、それら廃棄を免れた浮世絵がいまは海外の美術館で大切に保管されていることを考えれば、彼の行為を一概に非難することはできません。

また、海外に流出させた行為それ自体を批判する声もありますが、しかし日本に残されたがために悲劇にあった例だってあるわけです。
たとえば、大正十二年の関東大震災。
林のよきパートナーであり、アメリカでの日本美術の啓蒙に尽力した小林文七も熱心な浮世絵研究家でしたが、彼が長年かけて集めた貴重なコレクションは、たまたま日本にあったがために関東大震災ですべて灰になりました。
同様に、帝国大学に集められ保管されていた浮世絵関係資料もこのとき灰になりましたし、その他、まだ民間に眠ったままになっていた浮世絵類も数多く失われたことでしょう。

結果論かもしれませんが、林が海外に浮世絵を、それもかなり芸術価値の高いものを優先的に流出させたことで、あやうく難を免れることができた貴重な浮世絵だって決して少なくなかったはずです。
そもそも美術品というのは、国が率先して保護でもしない限り、いったん市場に出てしまえば国境を越え多くの人の手を経て最終的にそれを欲する人の元へと渡ってゆくものです。
当時の状況を考えれば、この時期、浮世絵が海外に流出するのは必然ともいうべき避けられないもので、誰にも止められるようなものではありません。林がやらなくても他の誰かがやったでしょう。
そのことは誰より林自身がいちばんよく理解していたことで、事実、彼はパリ・イリュストレの記事の中でこう述べています。

十五年ほど前から、多くの作品がヨーロッパやアメリカに渡りました。日本ではだんだん希少になりつつあります。けれども、それでもまだ、大きな芸術的価値を除いても、それらにかかった費用より低価格で売られています。それはわが国の芸術に関わる愛好者が限られた人数しかいないためです。しかし、これらの品は遠からずもっと人口に膾炙するものとなり、後には大きな価値を持つに至るでありましょう。そのころには、皆がそれらを欲しがり、一級のコレクションを成すものでなくとも、十倍か二十倍を払うようになるでしょう。というのも、今に日本が粗末に扱ってきた品々を、ヨーロッパから買い戻そうとすることになりましょうから。 パリ・イリュストレ「日本」(1886年5月)

これは一面的にはヨーロッパの人々にいずれ高騰する浮世絵を投機の対象として勧めるセールストークともとれますが、一方で、世界的に見ても第一級の日本美術が、あまりに安値で売買されている現状に対する悔しさ。そして、やがて近い将来、日本人自身が自国の芸術品の価値に目覚めることを期待し、そのときこそ、再び海外から日本へと国の宝である美術品が買い戻されるだろう、と明言しているようにも読み取れます。
林忠正が浮世絵を流出させた、と一方的に批判する人は、彼のこの文章をどう受け止めるのでしょう。

繰り返しになりますが、浮世絵に限らず美術品というものはその時代々々の社会情勢等によって国外に流出してしまうことはよくあることです。
ジャポニスムのように、むしろ流出したことによって日本美術への関心が高まったり、国内以上の評価を得るようになったりする例もあるわけで、一概に「流出=悪」と決めつけることもできないでしょう。
林を責めて、「大切な浮世絵が大量に流出してしまった」と嘆く前に、そもそも日本人はその流出を防ぐ努力をしたのか、一旦流出した浮世絵を買い戻そうと努力したのか、浮世絵の祖国として誇れるほど国内での評価や研究は進んでいるのか、などなど、先に反省すべき点は多々あるのではないかと思います。

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