広重・東海道五十三次の謎(6) - 浮世絵ぎゃらりぃ
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広重・東海道五十三次の謎(6)

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広重東海道の原画は?

なんの気なしに番組表を眺めていたら、偶然BSジャパンの『歌川広重 天才の真実 「東海道五十三次」は盗作だった!?』(2008年11月1日)を発見。
さっそく番組をチェックしてみましたが、内容は10年ほど前に話題になった例の司馬江漢作とされる肉筆東海道の画帖をめぐるもので、残念ながら目新しい情報はありませんでした。

終盤になって広重東海道の原画について、東海道名所図会や伊勢参宮名所図会など複数の作品からの影響を指摘していましたが、江漢うんぬんよりもむしろあの部分こそが重要で、「広重東海道は、実は多くの作品からの盗用で成り立っている」という点をもっと前面に出せばよかったのに、と少し残念に思います。
まあ、番組的にはああいう演出の方が面白いというのは理解できますけどね。

さて、番組の感想はさておき、ちょうどいいタイミングですので、当サイトも更新の滞っていた広重の原画の話を再開したいと思います。

番組でも取り上げられていましたとおり、広重東海道については東海道名所図絵をはじめ、多くの作品からの盗用が確認できます。
本来ならそれらをひとつひとつ検証すべきところですが、それではキリがありませんので、当サイトではそれらの中で最も強い影響を与えたと思われる作品に絞って検証したいと思います。

さて、未だ真贋のはっきりしない江漢の画帖を除外しますと、広重東海道の原画として最有力候補といえるのは、やはり歌川国貞の東海道五十三次、通称「美人東海道」ということになろうかと思います。

ご覧のようにこれら2つの東海道も、美人画と風景画という違いこそあれ、偶然とは思えないほど酷似しています。
この場合、理由として考えられるのは以下の3つのうちのどれかでしょう。

1 広重の東海道を、国貞が盗用した 2 国貞の美人東海道を、広重が盗用した 3 広重、国貞ともに別の誰かの絵を盗用した

まず、(1)は論外です。
これは過去に研究者からも指摘されていますが、師弟関係の厳しい職人の世界で、先輩絵師(国貞)が後輩(広重)の絵をパクるなど、まずありえません。
まして、国貞は当代きっての人気絵師。
広重のような無名の三流絵師の絵を国貞がパクったところで、何のメリットもないどころか、かえって名声に傷がつくだけです。
今日の広重のネームバリュー故か、以前は(1)のような説が信じられていた時代もありましたが、研究の進んだ現在ではもはや否定されているといってよいでしょう。

しかし、その逆の(2)。これなら十分あり得ます。
人気絶頂の国貞の絵を、新人の広重がお手本にするのは何も不自然なことはありませんし、そういうことは絵の世界に限らず他の芸術世界でもよくあることです。
それぞれ直接の師こそ違いますが(国貞は豊国、広重は豊広の門人)、どちらも同じ歌川派。
後輩の広重が東海道を手がけると聞いて、先輩として何らかの助言や便宜を図った可能性は否定できません。

それから(3)の可能性、これも十分ありえますね。
江漢説の場合と同じく、国貞の美人東海道と広重の東海道についても、55枚全てが同じというわけではなく、構図が共通しているのは日本橋から宮までの42枚だけです。
残りの13枚についてはさらに別の誰かの作品からの盗用と考えられるわけで、それらを含む未発見の共通の原画が存在する可能性はゼロではないと思います。
しかし現時点ではそういった原画の存在は認められませんので、そうなると消去法で(2)の「国貞原画説」が現時点で最も可能性が高いということになります。
というわけで、当サイトではこの国貞の美人東海道を軸に、広重東海道の原画の根拠を探りたいと思います。

(つづく)

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